桜井すぺいし

私には、陽子というロシア顔のかわいらしい女の子のお友達がいます。
オシャレで、かわいくて、おもしろくて、やさしくて、柔軟で、強くて、ビールが好きで。
私は彼女の魅力を108個いえます。(面倒だから今はいいません)

煩悩の数ほどのステキ要素を持つ彼女とは、17の時、専門学校で知り合いました。
始めてあった時のことを今でも鮮明に覚えています。

初日、まだパラパラとしか集まっていない教室に、私は入りました。
そして、徐々に席が埋まって行き、もうすぐオリエンテーションが始まるというころ、陽子はそそくさと駆け込んできました。

第一印象は、とっても可愛らしい子だなぁ、でした。
あ、あと、透け透けの服を着ているなぁ、とも思いました。
そして、この時はまだ、彼女がここまで面白いヤツだなんて想像できませんでした。
そして、ここまでビールが好きな子だとも思っていませんでした。

もちろん、こうして未だに仲良くしているなんてことも、その時はまだ。

陽子は、私の後ろの席に座りました。
それから、既に話し始めていた隣と横の席にいた5人がなんとなくくっつき、その日の放課後から、私たちは一緒に行動することになりました。


あれから12年。色々なことがありました。

私みたいな物ごとを斜めに見ている輩は、こうしたいわゆるなブランドが苦手です。確かに可愛いなと素直に思うことはありますが、それを愛用する人々を大きく括って考えると、ブランドバッグというものの存在自体がくだらなく感じてしまっています。

 

それぞれ、ブランドのコンセプトに感銘を受け、質を追及し、ポリシーを持って愛用している人々もたくさんいると思います。ですがなんとなく、ブランドってものはメタルキングヘルム的な意味合いで、身につけると守備力があがるとかっていう、独特の風潮があるのだと思っています。

装備を外した時に、どの程度なのかってことを私はとても斜めに憎たらしい顔をして考えてしまっているのです。きっと「サンタクロースが来れなかったわけは?」の問いには、「煙突にひっかかった」とか答えるんだろうな、などと、ドヤ顔で考えてしまっているのです。(表現の自由ね)

 

昨日、駅で、アニヤハインドマーチのエコバッグを持ってる人を見かけました。そうです、数年前、銀座で行列が話題になったあのエコバッグです。まーとにかく、ばかばかしい極みだと笑った記憶がありますが。

当時、並んで手に入れた人のインタビューでOL的な人が「もったいなくて使えなーい!」と言っていました。エコってホント難しいですね。この人はペットボトルをキャップをしたまま捨てているはずです。どうせこいつらは「トナカイが寝ていた」とか答えるなあ、と、蔑んでしまいます。(あ、文句はツイッターにね)

そして、並んで買った人びとにとって、今、アニヤハインドマーチのエコバッグを使うのは、どうなんでしょうか。さすがに今となっては使えないのでしょうか。「もったいなくて使えなーい」といった人は、いつだか押し入れから出したのでしょうか。それとも未だ、もったいない気持ちとともに保存しているのでしょうか。まーどうでもいいですね。(くだらんくだらん)

 

そういえば、森公美子さんは、ブランドバッグを買うと、内側に油性ペンで名前を書くのだそうです。また、ジェーンバーキンがキムタクに100万円のバーキンをプレゼントした時、足で踏みつぶしたり、ぐちゃぐちゃに汚して傷つけたりしてから渡していました。なんだか、そういったスタンスというのは、好きです。(なんかよくわかんないけどね)

 

 

私は、高級ブランドを身につけることで攻撃力、守備力がアップするとは思わない方の人で本当に良かったと思っています。もらえるもんならもらうけど、異常に欲しくはならないので、お金をかけないで済みます。(基本贅沢病ですけど)

 

 といいながらも、情けないことに私は、ずっとあるブランドについて、ただただこだわり、影響され、そのブランドというだけで素敵に思えて欲しくてたまらず、良い物だと信じ込んでしまい続けているものがあります。

それは「松本人志ブランド」といったものです。わかりやすく、まっちゃんで書きましたが、その他「オークラブランド」もありますし「古谷実ブランド」もあります。

モノ作りの天才と感じてしまった人々の感性には、ただただそのブランドネームだけで、面白く思えてしまったり、奥深く感じてしまったり。さすがに白を黒と思う程にひどくはないですが、強烈な安心感と絶対の信頼を寄せてしまっています。

 

私にとってのブランドバッグは、「バナナマン」であり「中村一義」であり「うすた京介」であり「ウラニーノ」であり「亀田製菓」なのです。

強い防具として「サマンサタバサ」を身につける人は多いけれど、「いとうせいこう」を身につける人は少なかった、それだけのことかも知れません。

 

いつしか、これらのブランドバッグにとらわれる事がなくなった時、それはきっと私自身がブランドになれた時なのではないでしょうか。

 

装備を外してもラスボスを倒せるよう、日々、私自身のレベルを上げて行きたいと思います。その頃にはきっと、ベホマズンも覚えているはずです。

今年に入ってから、わたくし、ようやくダイエットをはじめました。ほぼ毎日10キロ走ってます。既に、足首に違和感を感じております。昨日は膝にも、ひとことふたこと言われた気がします。ですのでもちろん、毎日食べていたチョコレートを一切食べていません。

 

この仕事を初めてからというもの、確実に太りました。業界の人なら特に分かると思いますが、本当にまー、まるっこい人が多いです。番組チームに必ず1人はいます、まあるいのが。以前、携わっていたあるクイズ番組のADさんには、番組に入ってから30キロ太ったという人が2人いました。私もその番組をやるようになってから、2年で8キロ太りました。彼らは「食べる事しか楽 しみがない」と言ってました。わたしも「同じく」と言ってました。「わかりますその気持ち」と言った時もあったかもしれません。「Oh! I see」と言ったことはありません。

 

ダイエットをはじめ1か月たちましたが、相変わらず不規則な生活のせいか、あまり痩せていません。120万部突破「巻くだけダイエットの本」は既に買いまし た。ピンクのバンドを巻いたり、巻かなかったり、巻かれてみようかなと思ったりしています。効果のほどがわからないので、カイロプラクティックにいって本 格的に骨盤矯正をしたいと思います。耳つぼダイエットと併せて。

 

そして、そんなダイエット話をあちらこちらにしていましたら、健康雑誌の編集をしている小山さんから、「2ヶ月で3キロやせたら3万円もらえる」というダイ エットフードの広告に出ないかといわれました。名前も全身写真も公開するのが嫌なので、丁重にお断りいたしました。絶対バレないよ、というけれど、さすが に無理です。そして小山さんは「じゃあ、周りにいる太い人を紹介して」と言いました。こんなことを言われたのは初めてですし、周りにいる太い人を携帯のア ドレス帳でだだーっと探したのも初めてです。やせ、やせ、ふつう、やせ、やせ、筋肉質、やせ、やせ......的な、太い人はそんなに多くいません。もしこれをご 覧になってる太い人がいましたら、ぜひ、モニターになってみてはいかがでしょうか。

 

ところで私は、ポテトチップや、ハンバーガー、トンカツ、あ、焼き肉も。こういった太っちょフードをもともとあまり食べません。肉より魚。とにかく魚が好き です。(さかなクンも好きです)週に5回は魚を食べます。お寿司は週1で食べてると思う。いやいや、まじです。小さいころ、兄がマックに行きたがるのに、 私は鮭が食べたいと泣いたそうです。そんなにまで魚が好きだったそうです。

さらに親戚一同にも太った人はいません。母も38キロです。なのに、どうして私は太るのかというと、まさに、夜中のチョコレートが原因なわけです。絶対そう。

 

毎日必ず甘いものを食べてました。机に向かっていると甘いものが食べたくなるんですよね。今もまさしく食べたいです。その欲求を抑えるために今は、りんごを 食べています。それでも、チョコレートには、チョコレートにしか出せないあの満足感があるので、どうしようもなく。私は、代わりになるものを探しました。

あの香ばしさと食感、なんだろうと、スーパーをぐるぐるしている時に、みつけました。

それは、黒豆。全然ちがうよーって、その声、わかるわかる。でも、これが、いいんですよ。なぜかというと、「そんなにたくさん食べたくない!」から。

黒豆なんか、1020個食べるもんじゃない。5個食べたら、満足します。あまり説得力がないですが、チョコの代わりの黒豆ダイエット、おすすめです。

そういえば、世界の長寿で有名な人は、ほぼみんな毎日チョコレートを食べていたそうです。ギネス記録のジャンヌカルマンさん(122歳)も、1週間に1キロ のチョコレートを食べていたそうです。豆より、健康によいかもしれない。(お弁当に入っている黒豆が好きな人は、きっと優しい人だと思う)

 

最後に。もうすぐバレンタインですが、仕事を初めてから、こんなに気をつかう日は無いです。

その日に会議があれば、「あー、先方に持って行かないとかな」とも思うし、買って行ったら行ったで、始めから紙袋が見えていても、それはそれで恥ずかしいか ら、わざとでかいバックを持ってチョコを隠し持って、誰かが渡したのを見てから、ひょいと、渡す。そんなことをしています。毎回同じ職場に行くわけでもな いから、何個買っていいかもわからないし、そこの会社の女子たちの目も気になるし、大体、そんなキャラかよっていう。それに、ホワイトデーにその会社の人 と会う確率は相当低いし、なんか「損!」と思う。このいらん慣習、おかんが娘の着古した体育着を家で着こなしてるくらい息苦しいよ。

このテーマを決めたのは私自身なのですが、私は、3度の飯よりビートルズが大好き! なわけでも、あの曲にこんな淡い思い出がね、ってわけでも全くありません。私にとってビートルズは、とんがりコーンよりは好きだけど、ぬーぼーよりは好きじゃない、くらいなもんです。(ぬーぼー的な甘いの食べたい)

 

しかし、これほどまでに世代を超え世界中で愛され続けているのですから、どっぷり聴いたことのないこんな私にも、好きな曲の1つや2つ、いや、実は結構あるわけです。イントロだけ好きな曲とかもありますし、「武道館の前座はあいつらでー」「多忙だからヘルプでー」「アビーロードのたばこはー」「山田は元ボクサー」など、雑学的なことも何となくわかります。


これは、自らの興味で調べたわけではなく、ビートルズを好きな人によって知らされたものなわけです。それだけ身近に熱狂している人が多いという証拠なのだと、そう思います。

 

そんな今も、家にあるベスト盤みたいなものを聴きながら書いてるわけですけれども、あらためて聴いてみると、良いもんなんだなぁ、みずみずしいなぁ、せつなロックだなぁ、ある意味青春ってここにあったんだろうな、あの頃いじめられたなぁ、いや、いじめ返されたのかなぁ、いや、いじめなんかそもそも無かったんじゃないか、校長先生もいじめなど無かったと言っていたし、なんて様々な思いが溢れてきます。

 

ポップかロックかって、モンキーズとの違いもそれほど分からない私には、音楽的な細かいことをこれ以上続けられません。なので、今、気づいてしまったことを書かせてもらいます。

 

 

カブトムシを英語でビートルっていうんだ、へえ。と思ったのは、ビートルズを知った後、中学生の時だったと思います。(ビートルズの意味が「ビート&ビートル」とかそういう由来的なものを知ったのはもっともっと後ですが) その時は「あいつらカブトムシズなのかよ」って、なんとなくショックをうけました。でも、そのおかげですんなりとカブトムシの英単語を覚えられたわけです。


カーペンターズもそうです。え? 大工? どういう名字やねん。スパイダースもそう、クモかい、もしやカブトムシに対抗してってこと? そういうことなの? ビトィーンだってそう、ああ、歯間ってことね。ケンタッキー州? ええ、なんだって? そんな風に、英語を覚える手助けをしてくれた言葉がたくさんあったわけです。


中でも思い出深いのは、「ノットオンリーバット、オールソー♪ あなただけでなく彼もまた〜」(奇面組ED) こんなにご丁寧に英語を覚えさせてくれる歌はありませんよね。今、調べたら、私がこの歌を聴いた時は小学生でした。この歌のおかげでテストで「not only but...」が出た時に難なく答えられた人も多いのでは? (うしろゆびさされるのを良い事だと思ってたけど)

 

 

言葉って、初めて知った時の印象が強烈に植え付けられてしまうのではないでしょうか。例えば、今、「フミヤ」という名の人に出会ったら、あの前髪がタラーっとしたモテ男のことを思い浮かべてしまうだろうし、「チュートリアル」も、本来、教育のうんたらかんたらって意味らしいけど、イケメン&油男の方を先に知ってしまったから、今更、イメージは変わりません。「パフューム」だって、香りのことを、こう呼びつけたことはそうそう無かったわけで。「スガシカオ」も、スガ......、あ、スガシカオは、一つしか知りませんでした。記憶を辿っても、ネットで調べても一つしか出てきませんでした。

 

また、間違った印象のまま過ごしてしまったものもあります。私は、ブランキージェットシティの歌で、「ダンデライオン」という言葉を知りました。特にどんな意味かはわからず、ずっとダンデという子供のライオンのことかと思ってました。(なぜか子ライオン限定なのよね)


台風一過や、出不精、とかと一緒ですね。確実にタイフーンファミリーや、ぽっちゃり病的なニュアンスに思えてしまっていたはずです。


さらに、旧日テレの近くに「タベルナ」というレストランがありまして、これもずーっと私は、「何で召し上がってはならぬのだ」と思っていました。スペイン語でレストランの意味だと知ったのはごく最近のことです。(まあ、お恥ずかしい) 中国語で「トイレットペーパーを手紙」「奥さんのことを愛人」と書くのと同じ感じですね。え、シオタランの話はしませんよ。(分かる人だけ、どんどん置いてくよ)

 

とにかく、最初に覚えた言葉のイメージってものすごく強烈なんですね。今や「食べる前にぃ?」と問われたら、日本人は皆、一つになって叫ぶでしょう。


要するに、リンゴスターを「え、アップルちゃん?」と思わなかった日本人は一人もいない、というわけです。

つい先日、いつものように図書館で宿題のネタ探しをしていました。あまり良いものがみつからなかったこともあって、なんだかどうも、気分は憂鬱。
帰宅してからも、そのどんよりさは変わらず、嫌だなぁが、だるいなぁに。そして熱っぽくなったかと思ったら、お得意の冷えピタが効かないほどの頭痛に変わっていました。私は、あいにくベホイミが使えない方なので、バファリンを飲んで宿題を続けました。

翌日、目覚めてからも頭痛は止まらず。またバファリンを飲みました。
さらに次の日も頭痛はやってきました。でも、この時はバファリンを飲むほどでもなかったので、じっと我慢......。だってずっと飲み続けていると、耐性ができてしまって、効かなくなるような気がして。(医学的にはわかりませんが)そうこうしているうちに、いつのまにか頭痛は無くなりました。

改めて考えると、これっていわゆる風邪をひいていたのかもしれません。

私はあまり風邪をひきません。ひかないというか認めません。風邪をひいたと認めても辛いものは辛いし、宿題はやらなければならないし、何も変わらない。だから基本的に風邪だとは認めません。認めないでいると自然と何事もなかったように通りすぎていきます。(なんだかわかんねーなー)

でもあまりに辛い時はバファリンを飲みます。私にとっては、エリクサーレベルの特効薬です。飲めば当たり前のように治まってくれます。中身の非ピリン系とかそういうのはわかりません。ピリンって響きがいいな、声に出して言ってみたいな、くらいなもんです。
実際にそういう成分で頭痛を抑えてくれちゃってるわけですが、私が思うに、「これで治まる」って信じていることも、痛みを抑えるサポートをしている気がします。

こういうの、プラシーボ効果っていうんですね。効果があると信じていれば、実際にその成分が無かったとしても、想像する力や信じる力が暗示となって治療に大きく貢献するのだそうです。よく「酔い止めのクスリの代わりにラムネを一粒食べても酔わない」とかいっているやつのことです。

研究によると、このニセ薬で一番効果があるのは鎮痛剤だそうで、何でもないラムネを食べて、最高で8mgのモルヒネと同じ効果を得たのだそうです。
興味深いのは、これがクスリだけでなく、ニセ注射、ニセ手術でも十分に効くのだそうです。また、ニセ具合がドラマチックであればあるほど効果は大きく、錠剤よりも注射、注射よりも手術のほうがより強く効くのだそうです。あ、でも芝居が微妙だと、梅宮辰夫だとあまり効果がないようです。(たっちゃんの芝居は味があるって言ってよね)

ってことは、本気で「ベホイミが使える」と信じていたら、70くらいは回復するわけですよね。だから私の「風邪認めません作戦」もあながち嘘ではなく、それだけで実は、ホイミくらいの効果があるのかもしれません。


なんだか今回も真面目に書いてしまいましたが、結局、何がいいたいかというと、
この世には、プラシーボでホイミやスクルト、時にはバイキルトの効果を得られるものが存在するということです。
分かりやすいものとして一番に考えられるのが、音楽。私レベルになると、好きな歌を聞くことで、ザオラルくらいのプラシーボが受けられます。

ありがとう。
すごいもんですね。ドラマチックであればあるほど効果があるのだから。ステキ。
 
それではこれから、あがた森魚にはラリホーのプラシーボがあるのではという実験にとりかかります。
皆様、おやすみなさい。


オシャレな人は、人生に貪欲だ。
オシャレな人は音楽や映画など芸術的なものに時間とお金をつかっていると思う。
音楽フェスに行くと、数万人の中からダサイ人を探す方が難しい。
私がいつも使っている京浜東北線にはいないオシャレ人たちがいっぱいいる。
きっと「好きなものを探す楽しみ」の1ページ目には、
一番身近な「自分の容姿を着飾ること」があり、
音楽や映画などは、それより先のページにあるものなんだろう。

 なんとなく暮らしていても商業的な音楽や映画は与えられていくが、
マニアックな味のおいしさを知ってしまった人々は、
どんどん自分にあった音楽や映画を「探す」ということをしていく。
もちろん、商業的な音楽や映画が悪いわけではなくて、それはやっぱり大味で、
ある程度のタイプの人にあうように、ファジーな味になっていると思う。
(ファジーだって、おっしゃれ〜)

例えば、個人のセンスを数値化した場合、
Aさん「5991」
Bさん「8020」
Cさん「405」などと全員が違っている。
作品も、「8888」や「405」といった細かい数値で作られていて
「好きなものを探す楽しみ」を知る人は、その数値をより細かく読み取ることができる。
しかし、無頓着な人は、「5000以上」とか「10000以内」とか、
もしかしたら「数字」としか認識していないのでは。

あらゆることに共通してこの数値はあり、これが細かく読み取れる人は、
自分に近い数値を探し、より深い楽しみを味わっているんだと思う。

結局は、興味の問題、だからオシャレな人は貪欲なんだ。

しかし、それを覆してくれちゃう謎がある。
それは、お笑いに貪欲である人が必ずしもオシャレではないということ。
私は、貪欲で自分から楽しみを探しにいける人は、何にでも深く掘り下げる傾向にあって、
「好きなものを探す楽しみ」の1ページ目に洋服のオシャレがある、
と書きましたが、笑いだけどうしてかここに当てはまっていない。
もちろん、オシャレで面白い人は沢山いるけれど、
なぜかオシャレじゃないのに面白い人もたくさんいる。
面白いことには貪欲で掘り下げていくのに、ファッションを掘り下げてはいかない。
むしろ、ものすごいダサイ人が面白い場合もある。不思議だ。

本当は、音楽のジャンルとファッションの関係、
や、怖い人がかわいい犬のマークが入った服を好むこと、
などについて書こうと思っていましたが、ついつい毎日語らっている、
「大衆とマニアック」の話になってしまいました。

もう一つ。
数値には、きっと別なメモリもあって、同じ5000でも、
X軸だけでなくY軸も存在している......。
これはもっと難しく傲慢な考え方なので、今度にします。
(そうして!ききたくなーい)

それにしても、なぜ、テレビのカメラマンって
あの水色のデニムみたいなシャツ着てるんだろうなぁ。


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