私みたいな物ごとを斜めに見ている輩は、こうしたいわゆるなブランドが苦手です。確かに可愛いなと素直に思うことはありますが、それを愛用する人々を大きく括って考えると、ブランドバッグというものの存在自体がくだらなく感じてしまっています。
それぞれ、ブランドのコンセプトに感銘を受け、質を追及し、ポリシーを持って愛用している人々もたくさんいると思います。ですがなんとなく、ブランドってものはメタルキングヘルム的な意味合いで、身につけると守備力があがるとかっていう、独特の風潮があるのだと思っています。
装備を外した時に、どの程度なのかってことを私はとても斜めに憎たらしい顔をして考えてしまっているのです。きっと「サンタクロースが来れなかったわけは?」の問いには、「煙突にひっかかった」とか答えるんだろうな、などと、ドヤ顔で考えてしまっているのです。(表現の自由ね)
昨日、駅で、アニヤハインドマーチのエコバッグを持ってる人を見かけました。そうです、数年前、銀座で行列が話題になったあのエコバッグです。まーとにかく、ばかばかしい極みだと笑った記憶がありますが。
当時、並んで手に入れた人のインタビューでOL的な人が「もったいなくて使えなーい!」と言っていました。エコってホント難しいですね。この人はペットボトルをキャップをしたまま捨てているはずです。どうせこいつらは「トナカイが寝ていた」とか答えるなあ、と、蔑んでしまいます。(あ、文句はツイッターにね)
そして、並んで買った人びとにとって、今、アニヤハインドマーチのエコバッグを使うのは、どうなんでしょうか。さすがに今となっては使えないのでしょうか。「もったいなくて使えなーい」といった人は、いつだか押し入れから出したのでしょうか。それとも未だ、もったいない気持ちとともに保存しているのでしょうか。まーどうでもいいですね。(くだらんくだらん)
そういえば、森公美子さんは、ブランドバッグを買うと、内側に油性ペンで名前を書くのだそうです。また、ジェーンバーキンがキムタクに100万円のバーキンをプレゼントした時、足で踏みつぶしたり、ぐちゃぐちゃに汚して傷つけたりしてから渡していました。なんだか、そういったスタンスというのは、好きです。(なんかよくわかんないけどね)
私は、高級ブランドを身につけることで攻撃力、守備力がアップするとは思わない方の人で本当に良かったと思っています。もらえるもんならもらうけど、異常に欲しくはならないので、お金をかけないで済みます。(基本贅沢病ですけど)
といいながらも、情けないことに私は、ずっとあるブランドについて、ただただこだわり、影響され、そのブランドというだけで素敵に思えて欲しくてたまらず、良い物だと信じ込んでしまい続けているものがあります。
それは「松本人志ブランド」といったものです。わかりやすく、まっちゃんで書きましたが、その他「オークラブランド」もありますし「古谷実ブランド」もあります。
モノ作りの天才と感じてしまった人々の感性には、ただただそのブランドネームだけで、面白く思えてしまったり、奥深く感じてしまったり。さすがに白を黒と思う程にひどくはないですが、強烈な安心感と絶対の信頼を寄せてしまっています。
私にとってのブランドバッグは、「バナナマン」であり「中村一義」であり「うすた京介」であり「ウラニーノ」であり「亀田製菓」なのです。
強い防具として「サマンサタバサ」を身につける人は多いけれど、「いとうせいこう」を身につける人は少なかった、それだけのことかも知れません。
いつしか、これらのブランドバッグにとらわれる事がなくなった時、それはきっと私自身がブランドになれた時なのではないでしょうか。
装備を外してもラスボスを倒せるよう、日々、私自身のレベルを上げて行きたいと思います。その頃にはきっと、ベホマズンも覚えているはずです。













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