「ねえ、わたし、バージンなの、まで5分前」
こんにちは。早川阿栗といいます。今回のテーマはビートルズになってます。
えーと、まずはビートルズについての説明からしなくちゃいけないんじゃないかな、みんなちゃんとついて来れるかな、と不安で胸がいっぱいなんですけど、その前にさ、みんな、ミュージックって知ってる?
ミュージックって知ってる? ってところから始めるのかよ、だとか、どんだけ周回遅れでコラム書くんだ、だとか、えっ? ミュージックって何? かわいいの? おとなしいの? 噛んだりしないの? などの感想をみなさん持たれたことは間違いないと思うんですけど、まあ、今回のテーマはスタンダードというか、誰でもその人なりのビートルズ像、ビートルズ観、ってのがあると思うので、逆に、書きにくいと言えば書きにくいですよね。普遍的ゆえに、というか。
結果、リンゴスターの話だらけやないか! みたいなことになったら、それはもうテーマはビートルズではない、って話になると思うんですよ。しかも、しゃりしゃりしてるとか、医者いらずとか、それは果物のリンゴでお話を濁しているやつじゃないか、それがおもしろいと思って書いているのかよ、っていうか、リンゴって縦に包丁を入れると、種が目で蜜の線が口みたいで、二組の高岡を思い出すからいやだよね、ってエピソードは何なんだ、ってことになるので、そんな感じのは、絶対にダメだよ、ねえ。
絶対にダメだよ、ねえ、とか諭すように言われてもみなさん困るんでしょうけど、そういう方々がこのコラムを読んでいるんでしょうけれども、いよいよリンゴスター(というか林檎、というか高岡)について書いて、ページ数を進めている感こそありますけども、ビートルズについてね、書きますよ、ちゃんと書きます。
たぶん、かなり真面目な内容になると思います。ここに至るまでにも笑いはなかったかもしれませんが、この先は、もっとないと思います。覚悟してください。というか、むしろ、ホッとしてください。
ビートルズと言えば、もちろんどのアルバムがいいだとか、そういう好みの話だけで熱く語り合える人もいると思うんですけれども、そして僕の中でも、このア
ルバムを一番に推す人は甘えん坊タイプだな、とか、給食で好きなものを最後まで残しておくタイプだな、とかそういうビートルズ診断みたいなものがあったり
しますが、いや、まじで結構、自分の中ではそういうタイプ分けがありますけども、そうじゃなくてですね、僕にとって、ビートルズは、とにもかくにも「ノル
ウェイの森」です。
このタイトルは誤訳だとかいう話もありますけれども、もはやこの曲を聞いたときに感じるイメージはしんと静まり返ったさみしい森がデフォルト状態になってますし、そもそも歌詞についてほとんど意味がわかってないです。
僕が小説家を志した大きな理由のひとつは、これはプロの小説家の方々であろうが、たとえ僕と同じことを思っていても絶対に口にしないほどに、気恥かしさを
感じるものだとは思いますが、村上春樹の小説を読んだからだし、もっと言うと、「ノルウェイの森」を読んでしまったからです。
僕は大学生のときに春樹病にかかり、自分で作品を書くようになり、大学のゼミでは春樹論のようなものをやっていました。当時周りでも似たような春樹病の人
は何人かいましたが、誰もが自分のほうがより春樹のことが好きだと思っていたような気がします。それこそノルウェイの森の作中で、ワタナベくんがフィッツ
ジェラルドを読んでそう思っていたように、どれだけ読んでも失望することはなかったし、春樹の自己愛が強い作品内容に呼応するように、春樹作品を読んでい
る自分、というものもまた(客観的に見れば、どのような行為だって自己愛に満ちていて、恥ずかしい、と言う詭弁からも遠く離れて)、嫌いではなかったと思
います。いやいや、嫌いではないという濁した言い方ではなくて、ものすごく、好きだった、と思います。
そして春樹の作品世界に浸っている、それが切なくも心地よい体験だ、と何よりも自覚できるのが、「ノルウェイの森」でした。僕は20歳の誕生日からずっ
と、ある時期までずっと、毎年誕生日にノルウェイの森を読んでいました。そして小説のタイトルでもあり、小説内でも非常に重要なポイントとなる、ビートル
ズの「ノルウェイの森」をかけ続けていました。誕生日以外にも読みましたが、必ず誕生日には読んでいました。そのことで、なぜか、自分が小説家になるん
だ、という妄想を強めていたと思います。
今のくだりを読んでいるだけで、僕の自己愛の強さ、痛々しさがおわかりになられるかと思いますが、そうしたある種の病を引き起こしてしまう(そして、そう信じさせてしまう)何かが、春樹の作品にあると思います。
村上春樹はとかく馬鹿にされやすい作家だと思います。それは日本の文壇、という立場からの視点と、小うるさい読書家の方々の多くからは、常に軽視されてき
たし、今もされていると思います。昨今の、ノーベル賞受賞するんじゃないか、みたいな騒動や、イスラエルでの講演、最新作の「1Q84」のヒットにより、
ムードはいくらか変わっているかもしれませんが、あるいはベストセラーをこの出版不況にも関わらず出したことで、バックラッシュというわけではないので
しょうが、尚も、大衆作家、つまらない作家、馬鹿な奴ら読む作家、というレッテルが一部から貼られているような気もします。これは僕のような春樹信者とも
言える人間のただの自意識過剰な被害妄想によるものかもしれませんが。
話を元に戻すと、僕にとって小説を書くということは、すごく簡潔に言えば、僕がノルウェイの森を読んで感じたことや、この作品によって深く心が動かされ、
毎年自分の誕生日にビールを飲みながら何度も作品を読み返す、という経験を、僕が書いたもので、読者の誰かがそうなってくれたらいいなあ、と思うからで
す。必ずしも、読者ありき、というわけではないけれど、こういうことを自分が感じたのだから、こういう感じたことを、形を変えて、自分なりの作品を生み出
せるんじゃないか、と思ったからだし、思っているからなんです。これはかなり傲慢なものの考え方だと思います。だけど、傲慢なことからしか、物を作るこ
とって発生しないんじゃないか、とも思うんです(それもまた傲慢よね、と延々に続く傲慢のやつ。傲慢の野郎)。エゴとか言うと、それこそ春樹かぶれっぽい
ですけれども、エゴをぐねぐねと煮込んだりすることで、何かが生まれてくるんじゃないのかしら、と僕は思うのです。そのことをいつだって感じさせてくれる
のは、ノルウェイの森なんです。
ちょっとまとまった読書の時間がとれないこともあって、ここ数年では読めない年もありますが、誕生日間際ではやはり「ノルウェイの森」を読めたら読みま
す。少なくとも、ビートルズの「ノルウェイの森」を聴いています。本当に、こんなにさみしい曲をどうして誕生日に聴くんだろう、と自分でも大学生のときに
思っていました。そして、ぼろぼろと泣き出す、その気色悪ささえも意味があると信じて疑っていませんでした。まあ、あまり声を大にしては言えないですけ
ど、気持ち悪い行為ですよね。いや、大にして言ったほうが、本人のためだとは思いますけど。昔の僕! 聞いて! それ、気持ち悪いよ! あと、お前のお腹
はお前が思っている以上に、ぽっこりしているよ!
お前はまるで赤ちゃん体型やないか。などのご感想はともかく、嘘つけ、俺はスリムや! などのウェブ上では見えないからこその強がりはともかく、今でもノ
ルウェイの森を聴くと、小説の中でのいろいろなシーンが浮かんできます。あの作品の中で死んだ多くの人たちのことを思います。いなくなった人たちのことを
思います。そしてどこかにある深い井戸のことや、描写でありもしなかったものすごく深くて物音ひとつしない、さみしい、死んだような森のことを想像しま
す。そして自分が20歳だったときのことを思い出します。そしてそのときに自分と関わりがあった人たちのことを思い出します。
春樹に刺激されて、僕が小説を書き始めたころは、本当に好きすぎて、ペニスとか、ヴァギナとかやたらと書いてました。したり顔で、やれやれ、とか書いてま
した。僕は、あの子とセックスするべきだったんだろうか? などと書いてました。もう絶対恥ずかしい! 死ぬほど恥ずかしい! むしろ、今の僕の気持ち
が、過去を振り返っている僕の心情として、完全に完璧にリアルな、やれやれ、です。何が、ねえ、わたしとセックスしない? だ。何なんだ、その展開は。なんだ、そのセリフは。そして、なぜ、彼女のセリフは僕の耳には一ミリも届かなかったけ
れど、性器だけは、アルマジロが二万年眠ったあとのように、硬くなっていた、とか書いたんだ、僕よ。なあ、僕よ。もう、すごい気持ち悪い! 反省してよ
ね! もうね、比喩とか、下手すぎるから! どこかから借りてきたアルマジロ感、半端じゃない!
たぶん、この先、いろんなことが起こったとしても、僕は絶対に今回のような話を出しません。これがノルウェイの森について書く、最初で最後のコラムになる
んじゃないか、と思います。いや、お金すげーくれるんだったら、何回でも書くけど。むしろ毎日書くけど。一回千円でも書くけど。
って、むしろしたいんじゃん! 春樹話したくてうずうずしちゃってるじゃん、ってことなんですけど。
今回は以上で終わりますが、恥ずかしいことを書くときのほうが、いつもよりコラムは短めです(なんだかんだ言って、長めになってしまったけど)。次回、俺
の顔について、は2行で終わると思いますし、次回はそんなテーマじゃないはずです。きっとそうじゃないはずです。おしまい。
って、これで終わろうと思いましたが、せっかくなので、最後に僕が、大学時代に書いたやつの一部を抜粋しておきます。何がせっかくなのかはわからないけれ
ど、ここから、僕の春樹病を感じとってもらえたら、幸いじゃねえけど、幸いです。っていうか、文章も今以上に下手だなー。大学生にしても下手すぎるし、と
にかく、読んでもらえたらわかるけど、この中身! ひどい! ひどすぎる! もう、むちゃくちゃ恥ずかしいぜー。
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「ねえ私、バージンなの。そういうのってどう思う?」
その時のボクには、彼女のきれいな手で隠された小さな傷がとても自然に思えた。彼女に傷があること自体が自然に思えた。だって彼女はバージンなのだ。そして彼女のセックスシンボルは今も輝いている。
「君は早く誰かとセックスすべきだったと思う、それは今となってはどうしようもないことなんだろうけど」
そう言ってボクは、ビールを飲み干した。ビールはとても変な味がした。生臭くて酸っぱかった。それ以上言うと、ボクはもう何も言う言葉が思いつかなかっ
た。ボクは早く彼女の性器を見たくて仕方がなかった。彼女とセックスしたくて仕方なかった。破壊衝動だ。けれど同時に、変な味がしたビールのせいか妙に吐
き気がして、ボクはトイレに行った。そしてボクはその個室の中で全てを吐き出した。ボクは、そこのレストランバーで食べたトマトサラダを吐き出し、さっき
まではビールだったと思われる残骸も吐いた。そして足元の方からさっきの生臭い匂いがトイレ中に広がり、ボクは不快感でいっぱいになった。大して食物は口
にしなかったけど、トマトの赤さがやけに目についた。そして、ボクは大きく深呼吸してから便器の中の全てを流した。
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全国に、こうした春樹病を抱えた人たちが、未確認ではありますが、500万人以上いると考えられています。みなさん、お気をつけください。
ねえ、わたし、バージンなの。













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