「クスリ」がテーマとならば話は早い。そんなもの、デニス・ホッパーを措いて語ることなど他には何もないからだ。メキシコから麻薬を密輸してあっさり大金を手にするところから始まる、監督出演作の『イージー・ライダー』で一躍時代の寵児となり、しかしそれから何年後かには自身をドラッグとアルコールで廃人寸前まで追いやり、これまたしかしそこでくたばることなく、デビッド・リンチ『ブルーベルベット』で復帰して、現在まで現役バリバリでアメリカを体現するかのような生き様を見せ続けてくれている。「明日がある、なんてとんだ茶番だぜ。俺には明後日がある」と言い放ったらしい(これはこれで名言なのかもしれない)、おしお被告とは比べものに、というか比べるのも失礼だ。『イージー・ライダー』と並び評されるアメリカン・ニューシネマの中の一本『俺たちに明日はない』、これとも無論関係あるまい。
そんなことより、ここで真に語りたいのは、デニス・ホッパーにまつわる個人的記憶の方で、それは当時私が人生初の監督作を撮ろうとしていた時に出会った男とのエピソードについてである。いちおうはオーディションとしてその場所に現れた男はいきなり、自分のことを「デニー」と呼んでくれ、と言って初対面の私に握手を求めてきた。デニス・ホッパーとロバート・デ・ニーロから取ったのだという。べらべらと喋るその男は訊いてもいないのに、俺のこの頭髪がちりちりなのは以前何度か手を出したコーク(註・コカイン)の副作用であるとか、いやどうみても生粋の天然パーマなのだが、いまだにケイタイのすべての会話は警察によって盗聴されているのだとか、さっきもイラン人の売人から「カッテクダサイヨー」と連絡がきて困っただとか、本当にでたらめ放題な嘘を吐く最低の野郎だった。
もちろん、その男を私が映画で使ったのは云うまでもあるまい。そして、結局その後も続けて2本の映画に出てもらった。それからその男の消息を私は知らない。消えるようにして突然目の前からいなくなってしまったのだ。ただ、私は今でもその男がカウボーイ・ハットを被って、モニュメント・バレーあたりか、もしくはお遍路さんか、いずれにせよ長い旅を続けているのだと信じている。「ファック!」だとかなんとか喚き散らしながら。













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