プロトコラム 第2回 テーマ「オシャレ」

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オシャレな人は、人生に貪欲だ。
オシャレな人は音楽や映画など芸術的なものに時間とお金をつかっていると思う。
音楽フェスに行くと、数万人の中からダサイ人を探す方が難しい。
私がいつも使っている京浜東北線にはいないオシャレ人たちがいっぱいいる。
きっと「好きなものを探す楽しみ」の1ページ目には、
一番身近な「自分の容姿を着飾ること」があり、
音楽や映画などは、それより先のページにあるものなんだろう。

 なんとなく暮らしていても商業的な音楽や映画は与えられていくが、
マニアックな味のおいしさを知ってしまった人々は、
どんどん自分にあった音楽や映画を「探す」ということをしていく。
もちろん、商業的な音楽や映画が悪いわけではなくて、それはやっぱり大味で、
ある程度のタイプの人にあうように、ファジーな味になっていると思う。
(ファジーだって、おっしゃれ〜)

例えば、個人のセンスを数値化した場合、
Aさん「5991」
Bさん「8020」
Cさん「405」などと全員が違っている。
作品も、「8888」や「405」といった細かい数値で作られていて
「好きなものを探す楽しみ」を知る人は、その数値をより細かく読み取ることができる。
しかし、無頓着な人は、「5000以上」とか「10000以内」とか、
もしかしたら「数字」としか認識していないのでは。

あらゆることに共通してこの数値はあり、これが細かく読み取れる人は、
自分に近い数値を探し、より深い楽しみを味わっているんだと思う。

結局は、興味の問題、だからオシャレな人は貪欲なんだ。

しかし、それを覆してくれちゃう謎がある。
それは、お笑いに貪欲である人が必ずしもオシャレではないということ。
私は、貪欲で自分から楽しみを探しにいける人は、何にでも深く掘り下げる傾向にあって、
「好きなものを探す楽しみ」の1ページ目に洋服のオシャレがある、
と書きましたが、笑いだけどうしてかここに当てはまっていない。
もちろん、オシャレで面白い人は沢山いるけれど、
なぜかオシャレじゃないのに面白い人もたくさんいる。
面白いことには貪欲で掘り下げていくのに、ファッションを掘り下げてはいかない。
むしろ、ものすごいダサイ人が面白い場合もある。不思議だ。

本当は、音楽のジャンルとファッションの関係、
や、怖い人がかわいい犬のマークが入った服を好むこと、
などについて書こうと思っていましたが、ついつい毎日語らっている、
「大衆とマニアック」の話になってしまいました。

もう一つ。
数値には、きっと別なメモリもあって、同じ5000でも、
X軸だけでなくY軸も存在している......。
これはもっと難しく傲慢な考え方なので、今度にします。
(そうして!ききたくなーい)

それにしても、なぜ、テレビのカメラマンって
あの水色のデニムみたいなシャツ着てるんだろうなぁ。


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